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AIとデザインが変える介護の現場

このノートは、2021年12月4日に行われた「Service Design Japan Conference 2021」で登壇した内容の書き起こしです。

イベント登壇の際のグラフィックレコーディング

こんな方は是非覗いていってみてください。
・AIのプロダクト/ サービスデザインに興味がある人
・介護の社会課題に興味がある人
・エクサウィザーズが実際にどんなプロダクトを作っているか気になる人

はじめに

はじめまして。ExaWizardsの柿嶋です。
ExaWizardsでは、「AIを用いた社会課題解決を通じて幸せな社会を実現する」というミッションのもと、介護現場向けの音声入力AIアプリ「ハナスト」のデザイナー兼プロダクトマネージャーをやっています。

今日は、現在開発中のプロダクトを主軸に、介護の領域でAIプロダクトのデザインに携わる意義や面白さの一端を、お伝えできると嬉しいです。

1: (背景)今後、介護はこのままだと回らなくなる

超高齢社会を迎えている日本では近い将来、2040年以降にはピークを迎え50歳以上と50歳以下の年齢との比率は6:4になると言われています。それに伴い、確実に介護のニーズも急増していくと見込まれています。

しかし、生産年齢人口が減少する社会において、2040年頃には約69万人の介護人材が不足すると言われています。

そのような中、介護サービスの生産性向上は喫緊の課題であり、少ない人手の中でも、介護の質を向上し、一人ひとりに向き合ってご利用者様(ケアを受けるひと)のQoLを高めていくことが求められていきます。

QoLを上げるって何?

と思うかもしれませんが、超リッチな贅沢な介護を目指そうとかではなくて、
声かけをせずに、感情の合意がないまま着替えをしたり、身体を洗ったり、
トイレにお連れする余裕がなくて、不必要なおむつが増えてしまったり、
全量の摂取を目指すだけの食事や水分補給…

こういった、余裕がないことが原因で起きてしまいかねないことを出来る限り減らして、できる限りトイレに座って、美味しいものを食べて、ゆっくりお風呂に入って、目を見て対話して、笑って。。
そんなふうに

いくつになっても、
人として大切に接してもらうという当たり前を守りたい。

ということだと私は解釈しています。

2: (課題)介護の現場でおきていること

介護スタッフさんの1日

一人ひとりと向き合うことが求められる介護スタッフさんですが、実際にはなかなかその余裕を持てていないのが現実です。

複数のご利用者様の起床から就寝まで、食事や排泄、入浴などの直接介助と言われるケアだけでなく、転倒防止やナースコールの対応なども臨機応変に対応しています。更に、スタッフどうしの情報共有である申し送り、法定記録の記入などの間接業務にも多くの時間を割いています。

課題となる記録業務

そして、本業であるケアの業務以外に、さらに介護スタッフさんの時間を奪ってしまっているのが「記録の時間」です。

・記録やご利用者様の情報は未だに紙の帳票で管理
・すぐにパソコンに入力できないので、紙でメモしてから転記
・記録タブレットの順番待ち
・申し送りノートに伝言を書いて情報共有
・事故などの提出書類作成

など、未だにデジタル化されていない、もしくはPCやタブレットを導入したとしても、結局忙しすぎてその場で記録はできないため、紙でメモしてから業務終了後に転記するなどの非効率な作業が残っています。

つまり本来介護のプロとして、ご利用者様と向きあっていただきたいスタッフさんが、どうしても紙やパソコンに向き合わざるを得ない状況があります。

そこで、どうしたら記録の時間を削減し、一人ひとりの向き合う時間を創出できるだろうか?というのが私たちの最初の問いでした。


解決策の着想

このような課題意識の中、着目したのが、介護の現場で大切にされている「声かけ」です。

"声かけ"とは
ケアの前後に、ご利用者さまに、「佐藤さん、今からお身体を拭かせていただきますね」「山田さん、お食事全部食べられましたね」「お風呂きもちよかったですね」などと、ケアの前に同意を得たり、やったことに対して、一緒に共感して喜んだりすることで、ケアひとつひとつに温かみを添えるコミュニケーションとして、大切にされている技術のひとつです。

「この声かけが、そのまま記録になったらいいのに。」そんな元介護スタッフの着想から生まれたのが今回紹介する、音声入力の介護記録AIアプリ「ハナスト」です。

3: (挑戦)AI×デザインで介護の仕事をシンプルに

今開発しているプロダクトが、このハナストというプロダクトです。
「話すだけで介護の仕事をシンプルに」という言葉通り、
介護スタッフさんが介助しながら、手が塞がった状態でも、ハンズフリーでその場で発話するだけで、介護の記録/ 連絡に関連するワードをAIが読みとって構造化し、記録/ 連絡として変換していきます。

↓コンセプトムービーが一番イメージわくと思うので是非ご覧ください。

2021年の4月以降から商用利用もスタートしており、現在日本各地の介護施設で使い始めていただいています。

価値提供

まだまだプロダクトは未熟で日々磨き上げに奮闘しておりますが、
これまで紙に書いてから転記したり、記録や共有のために移動したりしていた非効率さを、「その場で話せば完結」というかなりシンプルなUXで解決していこうとしています。

効果も少しづづ見えてきていて、スタッフさんが紙やパソコンではなく、ご利用者さまと向き合える、ゆとりのある介護の実現の第一歩を踏み出しました。

4: (俯瞰)新しいデザインオペレーション

ここからは、先ほどご紹介したハナストのようなAIを中核に据えたプロダクトからのプラクティスを通じて、テクノロジーがサービスデザインにどのような影響をもたらすのか、という考察を共有できればと思います。

新しいデザインオペレーション

今、新しいデザインオペレーションが生まれてきていると言われています。

従来は、左にあるように、設計>製造>ユーザーに実際に使ってもらい、インサイトを得て、また次に活かし、製造し使っていただく。というステップを積み重ねていくというのが、デザインのオペレーションとして広く馴染みがあったものだと思います。

Problem Solving Loop(↑右の図参照)

しかし、AIやデータ利活用が前提の時代になると、そのプロセスが自動化されループ構造になっていくと言われています。これを、「意味のイノベーション」で有名なロベルト・ベルガンティ氏は、Problem Solving Loopと呼んでいます。

■Netflixの事例
人がユーザー調査しそのインサイトから改善を繰り返さなくても、映画をみたら、AIが勝手に学習して更にみたくなるものをレコメンドするだけでなく、クリックしたくなるようなサムネの生成などのクリエイティブまで含めて、改善のループが無限に回り続けています。

このループの時代になると、人やデザイナーの役割はどのようになっていくか?という問いが思い浮かぶと思いますが、それに対してロベルト氏は、

「人間の役割は、どのような問題に対処すべきかを理解し、アルゴリズムの継続的な進化を意味のある方向へと導くことになる」
(ロベルト・ベルガンティ)

とコメントしています。

そして、私たちが開発しているハナストは、プリミティブな事例ですが、まさにこのループを回し始めた段階にいます。

まずは記録のしやすさを提供し→記録をしてもらう→音声データがたくさん入る、①アルゴリズムを通じて音声の認識精度を上げていく→②多種多様な介護記録のデータも取得する→③AIが様々な記録にも対応していき→④更に記録がしやすくなる
というループを、今まさに一生懸命デザインしています。

さらに、それだけでなく、将来的にはもう一個のループを構築していきたいと思っています。
それが、記録する→①要介護者に対してどのような介助を行うと、どのような変化/結果がみられるというデータを蓄積→②AIが一人ひとりにあった介助方法や声かけのレコメンドを行う→③介護スタッフさんがより質の高いケアができ、かつご利用者さまも気持ちよくケアを受けれる。という構造です。

このようなアルゴリズムのループ構造を多重化しながら、より高次元の価値を提供できるのではないかと、そして私たちの場合それを、シンプルな単一の音声UIチャネルのみを通じて行っていくことが、挑戦であると思っています。

5: (展望)AIによる介護のパーソナライゼーション

介護のサービス形態というのは、基本的にはシフト制で、早番、遅番、夜勤に別れて、交代交代でご利用者様をケアしています。これは、分散型のサービスデリバリであるとも言えます。

しかし、ご利用者様からすると、ケアするひとが入れ替わり立ち代わりで、自分の情報がリニアに引き継がれない環境であるとも言えます。
理想を言えば、1人に対し固定の1人がずっと添い遂げて理解や関係性を深めていけたら、質のいい介護ができるのかもしれませんが、24h365日、同じ人が見守ることは不可能です。

そこで、ハナストが着目している記録は、データという側面からすると、一人ひとりのできごとは常に保存されています。
ある種、データをみているAIエージェントという存在がご利用者様の連続性を洞察し、それを断片的に関わるケアスタッフさんに還元していくことで、パートタイムでもパーソナライズドされたケアが実現できるののではと思っています。

さいごに

まとめになりますが、これまでご紹介した科学的介護とパーソナルケアの実現をすることで、現場の業務効率化だけでなく、一人ひとりのQOLの向上するケアサービスが提供できる社会を実現していきます。

そして、読者のみなさんも、わたしも、必ず高齢者になります。その時に、生きたい未来を作れるか、されたいと思うケアが受けれる社会を創れるか。

そして、究極、
歳をとっても、人として大切にされるという当たり前を守れるように。

これからも、介護のサービスデザインに挑戦していきます。


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