相互支援を当たり前に。コーチ歴12年のプロが、PdMとしてAIプロダクト開発に挑む理由
近年、上司部下間やメンバー間の効果的なコミュニケーション手法として多くの企業に浸透している1on1。部下の成長やエンゲージメントの向上といった効果が見込まれているものの、1on1でのコミュニケーションに苦手意識を感じているリーダーも多いでしょう。
2020年5月にトライアル提供を開始した1on1支援サービス「HR君1on1(現名称:exaBase 1on1)」は、1on1の質の向上を支援するもの。1on1の動画から読み取った客観的なデータに基づき、AIがフィードバックを行います。
「エクサウィザーズ」で活躍する“ウィザーズ”たちを紹介するストーリー。
「HR君1on1」の開発を担う番匠(ばんしょう)さんは、新卒入社した野村総合研究所から、コーチングを手がけるコーチ・エィに27歳で転職。そこで約12年間プロのコーチとして活動したのち、「もっと多くの人がコミュニケーション能力を向上できる世界をつくりたい」との思いから、2020年1月エクサウィザーズに移りました。
「HR君1on1」の広がりとともに、どのような未来を作っていきたいのか。長年リーダー層のコーチングに携わってきた番匠さんの、プロダクト開発に込める想いを聞きました。
AIによるコミュニケーションのフィードバックが効果的な、二つの理由
ーーまず「HR君1on1」について、詳しく教えてください。
1on1の動画データから表情・会話量・声をAIで解析し、コミュニケーションにおける非言語的な要素のフィードバックを通じて、1on1の質を高めるサービスです。
「部下の発言の割合が少ない」、「上司の表情が硬い」といった、データに基づく客観的なアドバイスで、より良いコミュニケーションの仕方が身につきます。
そもそも、多くの人は自分のコミュニケーションの特徴を正確に把握できていません。例えば、ハーバードビジネスレビューによると、リーダーの70%は「自分が人を勇気づけたり、動機づけたりするのが得意だ」と思っている一方で、従業員の82%は、「自分の上役は基本的に退屈な人物だとみなしている」という調査結果があります。しかも、スキルの低い人ほど、自分のレベルを高く見積もってしまう傾向にあります。
しかし、リーダーが自分のコミュニケーションに対する指摘を受ける機会はほぼありません。部下から上司に「もっとこうしたほうがいいと思います」と発言できる人は少ないですよね。
ーーどのような点で、人よりもAIのフィードバックのほうが効果的なのでしょうか?
一つは、フィードバックを正確に伝えることができることです。人がフィードバックをしようとすると、その質はフィードバックする人の技量やバイアスに影響を受けます。また、いざ伝えようとすると忖度が生じてしまいます。
アンケート調査であったとしても、上司に対して低いスコアを回答するのは心理的ハードルがありますよね。その点、AIであれば、フィードバックする相手との立場や関係に影響されず客観的な解析結果を示すことができます。
もう一つは、フィードバックを素直に受け取ってもらいやすい点です。
自分の家族の話で恐縮ですが、うちの父親は車を運転中、助手席の母親から「道間違えたんじゃないの?」と言われるとすごく不機嫌になるんです。でも、カーナビに間違いを指摘される分には何も言わないんですね(笑)
人から指摘されたことって心理的に受け入れがたいんですよね。なので、コーチはまず信頼関係を作り、「この人からは何言われても受け入れる」という状態ができてからフィードバックをしますが、すべての人がそれをできるわけではありません。
ーー人ではなくAIがフィードバックすると、指摘の内容がより正確になるだけでなく、受け取ってもらいやすくなるのですね。今「HR君1on1」は、企業でどのように使われているのでしょうか?
リモートワークの影響で1on1の取り組みを強化している企業が多く、様々な業界のお客様から声をかけて頂いています。客観的なフィードバックを1on1の質向上のきっかけにしたいというお話や、研修効果を検証するために研修前後の変化を測定したいというようなお話も頂いています。現在は、価値検証に重きをおいており、検証後に本格的な提供に移る予定です。
新卒1年目で30代のメンバーをマネジメントした経験が、コーチの道を拓いた
ーーそもそも、番匠さんはなぜコーチングの道に進もうと思ったのですか?
新卒で入社したNRIで、マネジメントの壁にぶつかったのがきっかけです。NRIは元請企業にあたるので、自分はシステムエンジニアとして1年目からマネジメントを手がけていました。そこで、まだ24歳だった1年目の自分が、30代半ばの協力会社の人たちをマネジメントすることになったとき、ものすごく困ってしまって。
ーー困った?
はい。自分はリーダーとしてプロジェクトを管理しているので、開発が円滑に進むようにしないようにしないといけないのですが、業務知識が乏しく、開発中に発生しそうな問題に先回りして気づけないことが何度かあったんです。それができるのは、経験豊富な協力会社の人たち。つまり、プロジェクトを滞りなく進めるためには、自分よりも業務に詳しい彼らに主体性を持ってモチベーション高く働いてもらわなければなりません。
ーー自分の業務知識が不足している以上、自分がリードするメンバーに能力を発揮してもらう必要があったのですね。
そうなんです。一体どうすれば、彼らが主体性をもって能力を発揮してくれるんだろう……と悩んでいたときに、たまたま社内でコーチング研修が開催されました。その研修を受講した先輩の話を聞いて、「これは使えそうだ!」と思ったんです。主体性の向上を目的としたマネジメント方法なら、今の自分にぴったりだと。
コーチングについていろいろと調べている内に、コーチングのプロになる道を考え始めました。コンピューターサイエンスが好きなこともあり、システムエンジニアとしてNRIに入社しましたが、土日も開発をするようなエンジニアほど好きではないなという自覚もありました。自分は技術よりもマネジメントに興味があるし、コーチングのプロとして人に働きかける仕事は、すごく面白そうだなと思えたんです。それで、27歳の時にコーチ・エィに転職しました。
正しい自己認識が課題を解決する
ーーコーチ・エィではどのような仕事に取り組んでいたのでしょうか?
上場企業の経営者、取締役・部長などを相手にしたコーチングです。部下の行動変容を起こすことを目指して、リーダーシップ開発を手がけてきました。また、神戸大学のMBAや企業研修などで、コーチングのスキルを企業のマネジメント層に教える仕事もしていました。
ーーコーチングをする中で、一番大きな気づきはなんでしたか?
「自己認識の大切さ」ですね。自己認識がはっきりとした結果、判断軸やビジョンが明確になり、行動を起こせたり、自分を変えられたクライアントを数多く見てきました。逆に自己認識が低いと、組織内のコミュニケーションにまつわる課題が起こりやすい。
自己認識の大切さを感じたエピソードを一つ紹介しましょう。
クライアントは、大手SIerのシステム部門マネージャー。既存案件に加え、新規の開発案件を進めるのが大変で、多くのメンバーが残業をしていました。
そんな中、保守サービスの障害が発生することが度々あり、メンバーにさらに負荷がかかっているという厳しい状況。障害対応は最優先なので、新規の開発スケジュールへも影響が出てきます。
マネージャーはそれまで障害に対しても新規案件に対しても自分が指示をしていたため、非常に忙しい状況でした。マネージャーの様子を見て、メンバーからは「忙しくて相談にのってもらうのは申し訳ない」という声が上がっていました。
一方で、マネージャーはメンバーとの関係は客観的にも良好で、いつでも相談しやすい関係が築けていると思っていました。
アンケートやマネージャー自身のヒアリングで、上に書いたような認識のギャップがあることが分かりました。そこで、コーチングの会話の中で、相談のための時間を設けたら上手くいくのではないかという話になり、マネージャーは実際に週に2回相談の時間を設けました。ところが、初めのうちは全く相談がこない。
どうしたものかと考えたマネージャーは、自らメンバーに声をかけて、空けた時間で話を聞くようにしていきました。その結果、「こんな小さなことをマネージャーに相談するのは申し訳ないと思っていました」という反応が多く、いかに自分が話しかけにくい存在だったかをあらためて痛感したそうです。
マネージャーは行動だけでなく言葉でも「いつでも相談して欲しい」というメッセージを部下に伝えました。それ以来、メンバーからは自発的な相談数も増え、障害が発生する前に課題に対処できるようになり、新規開発に割り当てる時間も増えたと、そのマネージャーは話してくれました。
ーー自分を客観視して、自己認識を正しくすることで本当に課題が解決するんですね。
そうですね。自己認識が大事なのはクライアントだけでなく、もちろんコーチも同じです。例えば、「社会人は約束を守るのが大事」と思っているコーチは、「部下にいかに約束を守ってもらうか」という論点で話してしまいがちです。でも、本当に解決するべき課題が「約束を守ること」ではない場合もあります。クライアントが求めているものとは異なるポイントに、いつの間にかこだわってしまうんです。
そうならないように、コーチは自分の価値観やバイアスを知る必要があります。それらを取り除く必要はなく、知ってさえいれば、自分の発言が単なるこだわりなのか、クライアントのためのものなのかが判断できます。こうした気づきを積み重ねて、コーチングスキルを地道に習得していきました。
“ツールの力”を信じて、プロコーチからプロダクトマネージャーへと転身
ーーなぜ、そこまで熱心にコーチングに取り組んでいたにも関わらず、コーチ・エィを辞めて転職しようと考えたのですか?
コーチングの仕事は非常にやりがいがあったのですが、一対一のビジネスの時点で、提供できる人数が限られてしまう点に歯がゆさを感じていました。一人のコーチで見れるのは年間数十人。また、コーチングはプロフェッショナルサービスのため価格が高く、受ける人は組織の中でもリーダー層に集中していました。
でも自分は、もっと幅広い人がコーチをつけて活躍できるといいなと思っていました。より多くの方がコーチングを実施できるようになれば解決するのですが、コーチングスキルを熟達するためにはトレーニングが必要です。
何かいい方法はないかと思っていた折、日立製作所で「ハピネス(幸福感の度合い)」の研究を手掛けている矢野和男さんと、組織内でのコミュニケーションをデバイスを用いて測定・可視化するプロジェクトに取り組むことになりました。
この領域はMITのペントランド教授が有名なのですが、彼が著書の中に書いていることを読んではっとしました。僕なりにまとめると、「歴史を振り返ると望遠鏡や顕微鏡の発明が科学の発展を大きく後押しした。人と人の関りについてもツールが発明されることで、謎の解明が飛躍的に進むはずだ」という内容です。つまり、これまでの技術では定量的に把握できていない分野もツールを使って測定可能にすることで、発達するのではないかと思いました。
矢野さんの取り組みはまさにその一例です。これまで、組織内コミュニケーションは、腕の良いマネージャーの存在に左右されていましたが、「良いコミュニケーションとは何か」を定量的に把握することで、マネージャーに頼らなくても、数値をベースに関係を改善できるようになります。
それなら、人の成長を支援するようなコーチの関わりを科学するためのツールを開発すればいいのではないかと思いました。より簡単にコーチングスキルを高めたり、実施中に支援してくれるツールがあれば、コーチングを実施できる人を増やすことができるという道が見えたのです。
そこで、アセスメントのフィードバックツールや、LINEを使った自動コーチングのサービスなどを試験的に開発してみましたが、さらに、サービス開発に本腰を入れたいと思い、転職先を探すことにしました。
ーー転職先にエクサウィザーズを選んだのは、なぜですか?
サービスは開発に取り組めそうな企業をいくつか調べたのですが、ワンプロダクトを展開する方針が決まっている会社がほとんどで、自分のやりたい事業ができる余地は少なさそうだと感じていました。
ところがエクサウィザーズは、面接で自分のやりたいことを社長の石山さんや今の上司の前川知也さんに話すと、二つ返事で「やっていいよ」と言ってくれて(笑)。実際に様々なサービスを展開している企業だったので、本当にできるんだろうなと思い、入社を決めました。
「HR君1on1」でお互いの成長支援が当たり前にできる世の中に
ーー今後「HR君1on1」をより多くの人に使ってもらうために、サービスをどう良くしていきたいですか。
現状の「HR君1on1」は、表情や会話量、声といった「非言語面」のフィードバックを行うサービスですが、将来的には話の内容など「言語面」のフィードバックもできるようにしたいですね。
(実際にHR君1on1を使用した際のフィードバックのレポート)
また、人の成長を促すためには、UXもとても大切。体験が悪ければ、使うのをやめてしまいます。言語・非言語のデータをどう加工するか、その加工したデータをどう見せるか。そのあたりもデザイナーやエンジニアと協力しながらこだわりたいですね。
より多くの人のコミュニケーションを支援できるよう、利用者の声を聞きながらブラッシュアップを続けていく予定です。
ーー最後に、「HR君1on1」を用いてどんな社会を実現したいのか、番匠さんの想いを教えてください。
「人が誰でもコーチしあえる世界」を作りたいんです。いまは、コミュニケーションを極めたプロのコーチのような人はごく一部。
「HR君1on1」によって、全員のコミュニケーションレベルを1割ずつアップさせて、お互いの成長を支援できるような関わり方が当たり前にできるような世界にしたいなと考えています。
そもそも、人が人の成長を支援するって、結構すごいと思うんです。生物の本能は自分が生き残ることなのに、人の成長支援を自然にできるようになるって、生物として一段階レベルアップした感がありませんか?
番匠さんと話してみたい方はこちらからご連絡下さい:
文:一本麻衣 編集/写真:稲生雅裕
(撮影の時だけマスクを外しています)