「学び」は「幸せ」のためにあるべきだ。元文科省官僚が挑む、テクノロジーと地域の融合による教育・まちづくり改革
「私は『学ぶことは幸せなこと』だと思っていて、幸せになるために教育を受けるべきだと思っているんです」
「エクサウィザーズ」で活躍する”ウィザーズたち”を紹介するストーリー。
今回は、大学院にて哲学の研究に取り組んだ後、文部科学省の官僚に、そして2019年にエクサウィザーズへ入社した経歴を持つ生田さんです。生田さんは今、文科省の仕事で培ったスキルを、自治体渉外の案件で発揮しています。そんな生田さんのエクサウィザーズに入社するまでの経緯や今後の野望などについておうかがいしました。
物事にたった一つの真実はない。現象学が育てた複雑な世界を見るまなざし
——まずはこれまでの経歴についておうかがいします。大学では哲学を専攻されていますよね。中学生や高校生の頃から、興味があったのでしょうか。
いや、それが全然なかったんですよ。学校は都内の男子校で、野球ばかりの毎日。大学は慶應の文学部に入りましたが、最初の2年間はまともに勉強していませんでした。成績もわるくて、単位もギリギリ。でも大学3年のときに、大学の勉強に向き合おうと決めたんです。
それには親の影響がありました。「大学で勉強しておかないと、何かを考えたり、つくったりするクリエイティブな仕事はできないよ」と、昔から言われていたんです。その言葉がずっと頭にあり、大学での勉強に時間をあてたほうがいいなと思いました。
——慶應義塾大学の文学部は文学系や史学系など様々な専攻がありますよね。そこで哲学を選んだのは?
単純に難しそうでかっこいい、というイメージですね。ノリで選んだものの、勉強してみたらすごくおもしろかったんです。大学3年と4年の2年間は、夏休みも図書館に入り浸って、ずっと勉強していました。
哲学のなかでも、認識論、特に現象学にのめり込みました。認識論について、噛み砕いて言うと、物事の認識の仕方、どういうプロセスでこの世界が我々に見えているのか、といったテーマについて考える学問です。
学ぶなかで、ジャック・デリダという20世紀のフランスの哲学者の思想に惹かれ、デリダを専門的に研究している高橋哲哉先生が東京大学にいると知りました。そこで、東京大学大学院に進学したんです。
——現象学を学んで、今の仕事に活きていることはありますか。
すべての認識は、パースペクティブ、つまり物事を見る視点に基づいている、という理解ですね。物事は、観測者と対象の位置関係によって、多面的な映り方をしていくものなんです。たった一つの真理や本当の姿、なんてものはないんだと。この考え方は、すごく自分に影響を与えています。一元的な答え、あるべき姿みたいなものを、求めようとしなくなりました。
多面的な見方のなかで、みんなが合意できる点を探す。そう考えると、実践的な問題意識を持てるようになります。「こうでなければいけない」という固定観念から抜け出し、思考の柔軟性を保つための大事な基盤ですね。現象学を学んで、複雑な物事をシンプルに見られるようになりました。
アカデミアを救いたい。社会構造を変えるため文科省へ
——修士を修めたタイミングで文部科学省に入省されたのは、きっかけがあったのでしょうか。企業への就職、あるいは大学に残る道もあったと思いますが。
もともと、大学に残って研究者になろうとしていた時期もありました。でも、人文系の学者として一人前になるためには、不安定な生活・収入の中、研究に没頭してとにかくアウトプットを出さなければいけない。働かなくても暮らせるくらい裕福だったらできたかもしれないけれど、私には無理でした。これって、社会構造の問題なんですよね。
1990年代以降、大学院重点化が推進され、大学院生は増えていたけれど、大学を含めた研究機関や社会の受け入れ体制は整っていないままだったんです。この問題に当事者として直面したのが、文部科学省に入省しようと考えた理由の一つです。教育や学術研究は国の基盤と言ってもいいくらい重要なのに、このままでは日本のアカデミアが先細ってしまう。それをなんとかできるのは、文部科学省だと思ったんです。
もう一つの理由は、大学院生時代に知り合った外務省の官僚の方の影響です。その方は、人身売買の問題を解決するために、体を張って戦っていたんですよね。すごく大変そうでしたが社会正義のために人生をかけて働く姿に憧れを持ちました。
——文科省時代に担当したプロジェクトで、印象に残っているものはありますか。
入省3年目から5年目にかけて担当した、著作権法の改正のプロジェクトはよく覚えています。私はプロジェクトマネージャー的な立ち位置で関わっており、とにかく調整が難しかった。様々なステークホルダーのアドバンテージやディスアドバンテージを考えないと、世の中ってうまく回らないんだ、と痛感しましたね。
ルールの細部を設計するには、その背景や実態、旧制度をないがしろにしちゃいけないんです。官僚の目から見ているので、本当に細かいところは見えていなかったかもしれませんが、社会の縮図を目の当たりにした案件でした。
——聞くだに大変そうです。そうした複雑なプロジェクトを成功に導くポイントは何なのでしょうか。
正直に言えば、膨大な作業とストレスに耐えて、とにかく正確に粘り強く継続する胆力。それに尽きますね。
他に印象的だった案件は、国際部門で担当していた国際バカロレア教育の推進やSDGs関連のプロジェクトですね。このプロジェクトにも様々なステークホルダーがいたのですが、そのうちの多くの方が、自分の考えに共感してくれて、資金拠出を含めたサポートまでコミットしてくれました。出会った方々とSDGsへのアプローチを語り合う、とても元気になれる仕事でした。SDGsは、いまエクサウィザーズで向き合っている社会課題解決とも非常に関係の深いテーマですね。
会ったその日に社長と意気投合。認知科学から哲学まで語れる経営者はそういない
——たしかに官僚として成果を出そうとしたら、そのスキルはとても鍛えられそうです。やりがいのある仕事ができていた文科省をやめようと思われたのはなぜなのでしょうか。
官と民の両方がわかり、二つをつなぎあわせてシナジーを生み出せる人材になりたい、と思ったんです。転職を考えたのは、文科省に入って約10年経ったタイミング。教育や行政の仕事を一通りやって、役人としてのスキルもそれなりにつき、教育関係のネットワークも構築できたと感じていました。私はどの部署にいたときも官民連携をいの一番でやってきて、MBAも取得しました。でも、会社員として働いてみないと「民」について本当にわかっているとは言えない。だから民間企業に転職し、ビジネスの現場に身を置きたいと思ったんです。
——どういう観点で転職先を探していたのでしょうか。
私はずっと、教育とまちづくりとテクノロジーがうまくつながるような社会をデザインしたい、と考えていました。だから、それができる企業、仕事はないかという観点ですね。
圧倒的なプラットフォームとテクノロジーによる生活の変革の面からGoogle、テクノロジーによる学校教育段階と社会人としてのキャリア構築とのより有意義な接続の実現の面からIndeedなどを検討していたところ、元経済産業省にいた知人から、エクサウィザーズの石山さんを紹介してもらいました。
会ったその日に、駅前の飲み屋でなぜか飲むことになって(笑)。結局、終電がなくなるまで、ずっと話し続けていました。
——意気投合されたんですね。
石山さんの研究分野でもある認知科学は、私が研究していた認識論と分野領域としては重なる部分があるんですよね。それで話がはずみました。また、石山さんは経営者でありながら、哲学や文化に対する造詣も深い。そういう分野を掘り下げて話せる人って、そんなに世の中多くないと感じていて。石山さんとの会話はおもしろかったですね。
エクサウィザーズ自体については、スタートアップで自由な雰囲気に好感を持ちました。あと、優秀な人が集まっていそうだ、とも感じました。初めて会社員になるのだから、この数年間は修行期間だと捉えています。だからこそ、優秀な人に囲まれて周りから学びたいと考え、自分に合っていそうだと判断しました。
環境だけでなく「AIを用いた社会課題解決を通じて、幸せな社会を実現する」というミッションにも共感しました。自分がこの先やっていきたいことに合致しているな、と。
石山さんと初めて話したときにはもう、今やっている鎌倉市の案件が持ち上がっていて、そこで自治体行政の仕事ができるとわかったのも大きかったですね。その分野であればかならず貢献できる自信もありましたし、かねてからやりたかったまちづくりに携われるとも思ったので。
でも、何か一つが決め手になったというよりは、縁とかインスピレーションといったほうが近いかもしれない。働いてみて合わなかったらその時はその時だ、くらいの気持ちで、飛び込みました。
自治体は社会課題解決の一丁目一番地。自分の手で先行事例をつくっていきたい
——今は、どんなお仕事を担当されているのでしょうか。
自治体にエクサウィザーズの各種のAIソリューションを導入する案件や、経産省や内閣府等がサポートしている社会実証系のプロジェクト管理などを担当しています。
——初めての会社員とはいえ、今うかがったような案件だと文科省での経験が活きてきそうですね。
かなり活きていますね。自治体などの公共主体特有の力学を踏まえた提案やアライアンスができるのは大きいです。公共団体って、企業からすると「なぜこんなことを気にするんだろう」みたいな細かい暗黙のルールみたいなのがあるんですよ。
一方で、ビジネスサイドの前提を共有していないので、企業側と意見をすり合わせるのが難しい。そのあたりを理解しつつ、公共主体側のペースで、彼らの文脈に沿った提案をする。そして、意思決定においても、向こうが決めやすくなるようサポートすることを心がけています。省庁で働いた経験から、そのあたりの機微がわかっているのは強いかなと思います。
——自治体などにAIソリューションを提案する際の、エクサウィザーズの強みはどこにあると思いますか。
エクサウィザーズは、AIの利活用と普及のためのコンサルティング機能やプラットフォーム、あと介護や医療、金融、HRなどのプロダクトまで幅広く持っています。AIの研究領域としても、動画解析や音声解析、自然言語処理など多岐にわたっている。それによって総合的なソリューションが提供できます。現場の素朴な課題を、すぐに事業化したり実証実験したりできるんです。
また、社内の体制がフレキシブルなので、「うちのプロダクトではこれしかできないから」といったことはありません。真摯に対応し、より本質的な解決に向けた提案をしようと努力しています。みんな、まじめなんですよね。
——AI関連事業の市場は、今後どうなると思いますか。
市場規模は年々伸びていますが、特に公共主体まわりにおいては、今はまだマーケットをつくっている段階で、今後、AI導入はより一般的になるものと想定しています。AIでなにができて、やってみたらどんな利点があるのか。その感動を世の中の人に体験してもらう。そのために、先行事例や世の中的な波をつくり出していくのが、私の役目です。
そのなかで、自治体は社会課題の一丁目一番地として、積極的にAIを導入するべきだと考えています。エクサウィザーズと自治体との連携で、どういうインパクトを生み出せるか。その先進的事例を、アイデアに終わらないよう、調整力を発揮して形にしていきたいですね。
AIで社会を変える醍醐味。スタートアップだからこそ大きな仕事を手がけられる
——まだ、社会にAIソリューションが浸透していないこの段階でエクサウィザーズに入社するおもしろさは、どのあたりにあると思いますか。
AIを使って社会を変える醍醐味を、自分の身を持って体験できることですね。アイデアが浮かんだら、自らそのプロジェクトマネージャーになって、案件を引っ張っていける。そして、実際に社会実装できる。そんな職場はあまりないと思います。
——エクサウィザーズでは、どんな人が多く働いていると感じますか。
AIの可能性を信じている人ですね。それはみんなに共通していると感じます。あとは、社会課題を解決したいという思いが強い。
——エクサウィザーズにはどんな人が向いているのでしょうか。
物事を広い視野で見られる人、でしょうか。社会課題は、とにかく課題の断片だけ見ても何も解決しないんですよね。様々な角度から物事を見ようと意識している人は向いていると思います。
あと私がいいなと思うのは、やりきる人ですね。エクサウィザーズはまだ成長途中の会社で、一人ひとりが自律した動きを求められるんです。限られたリソースのなかで、優先順位をつけて、やると決めたらしっかりやりきる地に足のついた人。そういう人がどんどん入ってきてくれたら、推進力がさらに増すと思います。
——生田さんは、今後エクサウィザーズで何を成し遂げたいですか。
「人にやさしい」デジタルガバメントを、まずは自治体単位で実現したいです。人間の認知状況や意識にはのぼらない身体の反応・状況をAIにより可視化し、様々な介入手段の効果を実証することや、より人の動きと調和したプロダクト・空間・環境を提供することは、介護・医療などの分野に大きなインパクトを与えるものとして、すごく可能性を感じています。もちろん教育の分野においても言えることですね。テクノロジーが人間を支えるようなテーマを入れたまちづくりは、エクサウィザーズのプロジェクトとしてやってみたいですね。
ゆくゆくは、長年のテーマである、教育とまちづくりとテクノロジーが連携するモデルケースをつくりたいですね。そして、国際社会のなかで、日本がリードしていける部分を見出したい。
私は「学ぶことは幸せなこと」だと思っていて、幸せになるために教育を受けるべきだと思っているんです。そうした本来あるべき教育の姿を実現するためにテクノロジーを使い、一人ひとりの「学び」をより幸せなものに変えていきたいですね。
文:崎谷 実穂 編集/写真:稲生 雅裕
(撮影の時のみマスクを外しています)