資本主義的幸せの限界を経験したPdMがヴィパッサナー瞑想を経て見つけた、事業作りに必要な矜恃
「優れたプロダクトも、運用するマネージャーが矜恃を持たなければ、誰からも搾取しない仕組みは生み出せない」
「エクサウィザーズ」で活躍する”ウィザーズたち”を紹介するストーリー。
ビジネスパーソン向けのウェルビーイング向上アプリWellWiz(ウェルウィズ)(現名称:exaBase ウェルビーイング)のプロダクトマネージャー(以下:PdM)を担う河畠さん。
仮想通貨を扱うコインチェックの初期メンバーだった彼は、事業の急成長と仮想通貨流出を経験し、資本主義的な「成功」に疑問を抱く。「幸せって何だっけ?」。悩み迷う中でたくさんの書籍を読み、仏陀の「悟り」の考えに深く感銘を受けた。仏陀と同じ修行が経験ができるヴィパッサナー瞑想へ向かい、そこで経験した瞑想は彼の「成功」の価値観を大きく変えることになる。
自分の欲のために必死にあがき、苦しみ、瞑想を経て「自分の欲を捨て、社会課題のためにリソースを使う」ことを志した河畠さんに、PdMとしての矜恃を伺った。
とにかく起業したい。鞄持ちとして学んだ起業家マインド
アメリカで生まれ、日本料理店を経営する父の背中を見て育ってきた河畠さんは、いつか自分も父のように事業を作ることを夢見てきた。そんな彼が新卒で日本の大手システム会社を選んだのは、幼少期からの日本への憧れだった。
「とにかく、ずっと日本へ行きたいと思っていたんです。今の若者が海外やシリコンバレーに憧れを持つように、当時の僕にとって日本は世界一の技術と文化を持った革新的な国だと映っていました。日本で仕事ができたら、もっと新しいサービスに出会えて、面白そうだと」
しかし、実際に仕事をしてみると日本企業のカルチャーには全く馴染むことができなかったという。
「アメリカで自由に育ちすぎたんですかね......。カルチャーギャップを大きく感じ、たった一年で退職してしまいました」
アメリカへ帰国後、改めて自分は起業したかったんだと思い返し、ビジネススクールにて修士号を取得する。しかし、起業したいという気持ちだけがあり、目的が決まっていなかった彼は、ボストンキャリアフォーラムへ参加。
そこで出会ったのが、Eコマース事業とインキュベーション事業を手がけるBEENOSにて当時の社長を務めていた佐藤輝英さんだ。話を聞く中で、彼の起業家としての姿勢に惹かれ、”鞄持ち”として働き始める。
「最初は『自分のような新人が提案すると、邪魔になるのではないか』という気持ちがあったのですが、常に攻めの姿勢を崩さない佐藤氏と過ごし、もっと自分も前のめりでいなければとマインドも大きく変わりました」
新規事業立ち上げのための子会社への出向や、VCアソシエイトとして新規投資先発掘、投資先支援など、事業立ち上げのいろはを経験する中で、起業したい気持ちが抑えきれなくなっていた。
BEENOSを退職した河畠さんは、プログラミングスクールを経て、念願の起業を果たす。デリバリーサービスやマッチングアプリ事業などを立ち上げつつ、業務委託として請負った会社の一つがコインチェックだった。
自分のための勝利と成功を追い求めたコインチェックでの日々
「もともと仮想通貨に興味があって、自分でも保有していましたし、市場として伸びそうだと思っていました。コインチェックで働こうと思ったのは、創業者の和田さんが圧倒的に優れた技術者であったこと。そして、口座開設のUXがシンプルでユーザーに寄り添っていると思ったこと。当時は法規制もゆるく、コインチェックではfacebookのアカウントで口座が作れたんですね。市場が伸びた時にここなら勝つな、と思ったんです」
当時はとにかく「競争に勝てるサービス」を探していたという河畠さん。コインチェックに急成長の兆しが見えたところで自社サービスを閉じ、フルコミットを決める。
「当時は『起業したい』という思いの裏側に『成功したい』という思いが強くありました」
社員はたったの3名。入社後、海外との窓口として仕事をしつつ、カスタマーサポート、マーケティング、あらゆる業務をこなす日々が続いた。事業が想像を超えるスピードで成長していた当時をこう振り返る。
「タスクが山のようにあるんです。毎日、綱渡りをしていて、少しでも間違えたら会社ごと奈落に落ちてしまう。そんな気持ちでした。それでも目の前にあるタスクをどんどん処理しないといけない。まるでタスクをこなす機械のようでした。頼まれたことは『YES』と答えて解決する。何よりもスピード感が重要視されていました」
スピード感と市場のトレンドが相まって、事業は右肩が上がりで成長していった。
「感覚が麻痺するというと誤解があるかもしれませんが、『事業は永遠に伸びるのではないか?』。そう思っていました」
一瞬でも成功した自分は幸せだったのか
2018年、コインチェックはブラックハッキングの被害に合い、総額580億円相当の仮想通貨が不正に流出。この事実を最初に知ったメンバーに河畠さんも含まれていた。
「茫然自失になっている暇はありません。当時、海外の渉外担当は自分一人だったので、海外の取引所とのやり取りを行ったり、ハッカー追跡のサポートをしたりと、数日間は目まぐるしい日々が続きました」
大手証券取引会社・マネックスによるコインチェック買収が決まり、河畠さんはコインチェックの退職を決意。外部アドバイザーという役割を担いつつ、次に何をすべきかを問い、自分自身と向き合い続けた。
「この事件を境に、資本主義的な成功に疑問を覚えるようになりました。資本主義ではお金をたくさん得ること、地位や名声などを得ることが成功とされ、自分もこの価値観を疑うことなく『成功したい』と必死に頑張ってきた。でも、振り返ると自分たちの成功にばかり気を取られていた。そこにユーザーやメンバーの幸せはあったのか。そして自分自身も幸せだったといえるのか。そんなことを思うようになりました」
その後、フリーランスとして、国内やシリコンバレーの起業家たちの事業を手伝うも、そもそも会社を伸ばすこと自体に興味がなくなっていた。彼の関心を引いたのは、人はどうしたら幸せになるのか、ということだった。
「幸せは外部の評価や数字で測れるものではなく、自分の中にあるんじゃないかって思い始めました。それで、哲学や宇宙、心理学などの書籍を読み漁っていたんです」
その中で特に感銘を受けたのが、仏陀の瞑想修行だった。実際に「悟り」を体験してみたいと思った彼は、12日間のヴィパッサナー瞑想(※注1)修行へ向かい、そこで自分の欲がちっぽけなものだったと気づく。
「無意識下にある何かを否定する気持ち、嫌悪する気持ち、またそれを生み出す原因ともなりうる自分の欲求を知ると、自分のやりたかったこと、欲しかったもの、それらすべてがどうでもよくなってしまったんです。
20代の僕は起業して、誰かを笑顔にしたいと思っていた反面、富や名声、承認も得たかった。そういった個人の欲が、さーっと消えていく感覚がありました。自己の成功よりも、社会、宇宙、自分がハッピーになるための自身の適材適所が何なのか考える様になりました」
携わるすべての人の心を豊かにしたい
もし家族がいなければ出家して僧侶になっていたかもしれないと語る彼は、自分自身のリソースを誰かを幸せにするため、社会課題を解決するために使おうと決意する。そこで出会ったのが、エクサウィザーズだった。
エクサウィザーズに参画後、現在はプロダクトマネージャーとしてメンタルヘルスケアアプリ、WellWiz(現名称:exaBase ウェルビーイング)の開発に携わっている。
WellWizの特徴は、AIが感情や思考を分析し、それをもとに専門家がアドバイスを届けること。AIと人、それぞれの優れたところを活かしたサービスだ。
「メンタルヘルスは個人で症状や初期のSOSサインに大きな違いがあります。個々の課題を汲み取り、WellWizで安心感や『自分はもう、アプリやカウンセラーのサポートがなくても大丈夫だ』という成功経験を得てもらえたら嬉しいです。それは、SNSのいいねで満たされるような他者からの承認ではなく、自分で自分を承認できること。ユーザーがまたいつか、心が苦しくなったら帰ってこられるバーチャルスペースにしたい」
河畠さんはプロダクトをグロースさせるにあたり、WellWizに携わる全員の心を豊かにすることを大事にしたいという。
「会社の事業である限り、もちろん成長や売上が求められます。ただそれ以上にWellWizに携わる人の誰からも搾取をせず、アプリに携わる専門家やエンジニアも含め、みんなの心が豊かになることを重要視したい」
父親の影響で起業を夢見て実現し、スタートアップ企業で大きな成長と衰退を経験した河畠さんがたどり着いたのは、個や組織の煩悩を捨て「人の心をより豊かにする」ことを大切にするプロダクト。
「結局、どんなに市場が伸びていて、素晴らしい仕組みを持っていても、作る人のマインドでプロダクトの価値が決まる。
WellWizで目指しているのは、一人ひとりの心の課題を少しでも多く解決し、ウェルビーイングな状態を実現すること。自分自身の心が満たされていないと、自分のことで手一杯になり、誰かを思う余裕もなくなってしまう。心は苦しくなるばかりです。
自分の心が満たされ余裕ができたら、身近な人のハッピーを願い、手助けもできるようになる。たくさんの人が心にゆとりを持つことで『みんなが誰かのハッピーを願う連鎖』を作ることが、社会課題の解決の第一歩につながると信じています」
文:南條杏奈 編集 / 写真:稲生雅裕