IP BASE AWARD 2019でスタートアップ部門グランプリを受賞。ゼロから構築した、知財文化醸成の鍵
昨今、オープンイノベーションが活発化し、スタートアップと大企業がともに事業を拡大する取り組みも増えています。その一方で、スタートアップが開発した構想、技術を大企業に特許として取得されてしまう例もゼロではありません。
2019年に特許法が改正され、損害賠償額の見直しや専門家による現地調査も行われるようになりました。スタートアップでも、社内に知財専門のチームを発足させる必要性がより高まっていると言えるでしょう。
エクサウィザーズでは1年半前に知財担当者の採用を開始。2019年、スタートアップ×知財のベストプレイヤーを表彰する「IP BASE AWARD スタートアップ部門」でグランプリを受賞しました。
取り組み始めた当初は、社内のメンバーに知財の大切さを知ってもらうため試行錯誤の連続。AIを用いた社会課題の解決のため、今も知財の大切さを周知しつづける知財チームの歴史と知財戦略を同チームの梶さんと桑原さんに教えてもらいました。
エンジニアが知財担当を兼務していた状態からのスタート
(左:梶さん 右:桑原さん)
――まずはエクサウィザーズ・知財チームの概要を教えてください。
梶「法務部に属している、知財を専門に扱うチームです。知財とは、エンジニアの技術開発や企業の事業構想など、会社にとって無形財産となる価値を持つアイディアや創作物を指します。
知財チームでは、特許・意匠・商標に関するすべての業務を担い、届出、出願、登録、実施を管理しています。また他社の権利を侵害していないか、自社の権利が侵害されていないか、をチェックすることも知財チームの仕事です。現在は、私と桑原さん、2名で業務を行っています」
――梶さん、桑原さんが転職でエクサウィザーズを選んだ理由はなんですか?
梶「僕がエクサウィザーズに参画したのは1年半前。以前は弁理士として特許事務所に勤務しており、仕事の一つとしてスマホ決済アプリの開発に関わっていました。
その企業は事業を立ち上げるフェーズで、スタートアップの知財を初めて経験。知財を立ち上げるフェーズの仕事に強い魅力を感じ、ちょうど知財の立ち上げの担当者を募集していたエクサウィザーズに転職しました」
桑原「私がエクサウィザーズに参画したのは2020年6月です。梶さんと同じように弁理士として特許事務所に勤務していました。
過去にエンジニアとして、AIの開発に携わっていた経験があり、AIを扱うスタートアップ企業に非常に興味があったこと、そして、IP BASE AWARD 2019で受賞していた企業ということもあって、知財に注力している点で興味をもち、転職しました」
――梶さんの入社当時、知財管理はどのような状況だったのでしょうか?
梶「僕の入社前はエンジニアが知財を兼務していました。特許を始めとする権利は社内に共有して会社で管理するのですが、エンジニア個人しか状況を把握できていませんでした。経営層に知財に投資しようという意思はあったのですが、体制が作れていなかったと感じます」
桑原 「おそらく、2年前は今ある案件を前へ進めるだけで精一杯だったのではないでしょうか? 前職でスタートアップ企業の知財の特許申請などを行っていましたが、知財業務には専門的な知識も必要であるうえ、社内の体制作りも同時に必要であるため、出願自体が後手に回ってしまう傾向がありました」
梶 「桑原さんのおっしゃるとおりですね。今は大きな裁量権が知財チームにあり、多くの案件を知財チームで判断して進めています。
2019年度には、30件以上の特許出願と20件以上の商標登録を、2020年度は現時点で、29件の特許と24件の商標登録を出願しました」
知財を「開墾」し、エンジニアの負担を最小限にしつつ、会社を巻き込む社内戦略で知財をもっと身近に
――ゼロから特許を提出しやすい仕組みを整え、IP BASE AWARD 2019を受賞するまでの道のりを教えてください。
梶 「当時は、特許を取らなければ、という意思が経営層にあり、ものづくりを行うエンジニアも協力したいと思っていてくれました。しかし、エンジニアの方が通常業務の片手間で出願を行っていたから特許事務所との連携もうまく取れていませんでした。
まずは取得した特許や出願中の特許など、エクサウィザーズの持つ知財をすべて発掘していく作業を行いました。知財チームのメールアドレスを作り、エンジニアから特許事務所とのメールのやり取りをすべて転送してもらって、どの権利をどの特許事務所に依頼しているかなど、些細な情報を集めて、特許事務所との連携を深めました。
特許は届出を終えたら、審査課程のウォッチングも必要です。連絡をいただきたいタイミングを伝え、特許事務所に挨拶をしに直接、足を運んだこともあります。お世話になる特許事務所の数も増えました。
また、必要な書類の準備もすべて1から用意し、知財運用の仕組みも作りました」
――メンバーから積極的な協力を得るために、どのような工夫をしたのですか?
梶「まず、もっと身近に知財を感じてほしいと思い社内のチャットツールで『知財ニュース』をスタートしました。
自社の知財に関するニュース、知財ノウハウ、世間で起こった知財関連のニュースを全社員向けに毎日配信しています」
(知財に詳しくないメンバーでも興味を引くような時事ネタに関連したニュースも配信)
――特許出願を増やしていくにはには、エンジニアの協力も不可欠だと思います。協力体制を作る上で行った工夫はありますか?
梶「エンジニアの負担軽減を目的に、エンジニアが発明した技術、今考えている未来のビジネス構想を、知財チームに話すだけで特許を取得できる仕組みを作りました。
具体的にはエンジニアから聞いたアイディアに『その技術は特許申請できます』とか『その構想も特許になります』と伝え、知財チームが特許申請の資料を作成します。
聞いたことを基にして、こう言いたかったのかな? と仮説を立てて資料を作り、本人に確認して進めています」
桑原「エンジニアとして働いていた時、知財チームとの会議や、経営会議を経た特許申請の経験があり、実務時間内に資料を作る大変さをよく知っています。
この作業コストが軽減されるだけで、届出のハードルが非常に低くなる。口頭で届出ができる取り組みは、エンジニアにとってもいい仕組であると思います」
――特許につながるアイディアを聞き出すための工夫を教えてください。
桑原「将来の夢を話してもらっています。『今のプロダクトで新しい発明は?』と聞かれても答えにくいですが、実現したい夢や目標に対して、どのような技術があれば嬉しいか、または、どのような技術を使おうと考えているのかを聞けば、発明につながる話題が出やすのではないかと考えています。
ある程度の構想段階であっても特許は出願することができるので、できるだけ早めに出願してエンジニアのアイディアを守れたらいいなと思っています」
(COVID-19の影響前にメンバーとディスカッションしていたときのホワイトボード)
――現在、COVID-19の影響で在宅勤務も増えていますが、どのように情報を収集していますか?
梶「定期的にエンジニアやプロダクトマネージャーにに30分ほど時間をもらい、オンラインの知財インタビューを行なっています。どんな技術開発を行っているか、発明に対してどんなビジネスモデルが考えられるか、フランクに会話しています。
知財インタビューでは発明を発掘するだけでなく、他社の権利を侵害していないかを調査するためのヒアリングも行なっています。エンジニアが今、どのような開発をしているのかを知財チームと共有する役割も果たす、大切な仕事です」
――知財ニュースの配信やエンジニアとのコミュニケーション活発化によって、変化はありましたか?
梶「知財への理解が深まり、他部署との連携が強化されました。情報を積極的に教えてくれるようになったため、出願件数も増えました。プロダクト名を決めるときは知財チームと経営会議を通さないといけないなど、知財に関するルールもメンバーに周知されたと感じます。
理屈だけでなく、知財チームと一緒に特許出願の流れを経験し、フィードバックを受けて、特許の勘所を理解したエンジニアも増えてきたと思います」
――こうした地道な努力の結果としての『IP BASE AWARD』の受賞かもしれないですね。梶さんご自身はグランプリ受賞した理由はなんだと思いますか?
梶「『賞をください!』と思って応募書類を書きました(笑)。というのは冗談ですが、書けることはすべて書きました。
特許を申請している案件は詳細を記載できないため、遠回しな表現に変えた部分もありますが、『あるプロダクトではこのような特許を出願しています』とか、可能な限り具体的な数字を記載しました。内容を掘り下げて、今までの知財への取り組みをひとつも漏らさず申込書に反映させたからだと思います。
会社を挙げて知財に取り組んできたから、書くこともたくさんありました。1年間の試行錯誤がスタートアップ部門のグランプリという成果になって感慨深いです」
事業戦略≒知財戦略? エンジニアと並走し、未来を見据える知財戦略
――事業戦略を達成するため、知財チームが大切にしていることを教えてください。
梶「事業戦略を把握し、エンジニアと並走することを大切にしています。
アイディアや発明は、エンジニアが事業戦略に沿って技術開発を行う過程で生まれます。
先ほど桑原さんが『雑談する際に、エンジニアに夢を話してもらう』とおっしゃっていましたが、夢を話すとは、まだ小さなプロダクトが大きく成長した姿を具体的に想像し考えることだと思います。足りない部分をみんなで埋めていくと事業戦略が達成できる。
事業戦略に沿って、エンジニアのアイディアを守るために何が知財にできるのか常に注視しています」
――特許を取得するときに気をつけていることはありますか?
梶「新しさを担保しつつ、使いやすい権利になるように心がけています。
例えば、サーバーの処理やAIアルゴリズムの特許は他社が権利を侵害してもそのことがわかりません。出来るだけUIに結びつけて出願することで権利行使しやすくなるように心がけています」
桑原「エクサウィザーズはAIに特化した開発が多いので、AIを使うからこそ実現できる点を強調しています」
――他社と係争にならないようにするにはどうしたらいいのでしょうか?
梶「パテント・クリアランスと審査経過のウォッチングを行うことで、トラブルの芽を詰んでいく作業を丁寧に行っています」
――他社との競争に勝つためにどんな戦略をとっていますか?
梶「パテント・ポートフォリオ(注1)を積極的に構築しています。1つのプロダクトを複数の特許で保護することで、現実的なプロダクトの保護が実現するからです。AIなどの具体的な技術の特許だけでなく、ビジネスモデル特許も確保するように心がけています」
社会課題の解決のため、知財の力でオープンイノベーションを推進する
――エクサウィザーズ・知財チームの中長期的な目標を教えてください。
梶「社会課題の解決のため、オープンイノベーションを推進していきたいです。
エクサウィザーズは『AIを用いた社会課題解決を通じて、幸せな社会を実現する』をミッションに掲げていますが、1社で社会課題を解決することは難しいと感じます。
国や行政、地域、病院、他社など、これからたくさんの人たちと連携を取って、新しい事業を広めていくことが求められていきます。そのため、今から他社とスムーズに連携するための知財のあり方を模索しています」
――エクサウィザーズ・知財チームの強みを教えてください。
梶「メンバーが二人とも特許事務所での勤務経験がある弁理士という点です。特許事務所時代の経験を活かすことで、エンジニアの負担を非常に少なくすることができます。
例えば、一般的にはエンジニアが発明を届け出る際には詳細な書面を作成する必要がありますが、当社ではアイディアを知財担当に口頭で伝えるだけでOKです」
――桑原さんの参画で変化したことはありますか?
梶「エンジニアとの英語でのコミュニケーションがスムーズになりました! 母国語が日本語ではないエンジニアもさらに気軽にコミュニケーションが取れるようになって心強いです」
――最後に、知財チームのこだわりを教えてください。
桑原「やりたい研究・開発に安心して没頭できる環境を積極的に作る。
知財チームが会社のアイディアを常に守っている安心感が、メンバーのモチベーションアップにつながればいいな、と思います」
梶「エクサウィザーズのミッションである社会課題の解決にフォーカスした知財を心がけていきたいです」
文:南條杏奈 編集 / 写真:稲生雅裕
(撮影の時だけマスクを外しています)